並河靖之の作品・年譜
世界が認めた並河靖之の七宝とは
なんといっても作品のひとつひとつが小さいのが特徴です。
その小さな世界に、"間"を生かした画面構成と色彩感覚で独創的な七宝を創り上げたのが並河靖之の七宝です。 微細な手作業から創り出す繊細で優美な七宝は手間がかかるため、残された作品の数は多くはありません。
そのうえ、明治期の工芸品は主に外貨を稼ぐために海外へと流れ、日本の人の目に触れることは少なかったのです。 日本の七宝を世界の最高水準にまで引き上げた並河靖之。
当時、海外では七宝といえば"Namikawa"として、その名が認められていました。
並河靖之について
並河靖之は弘化2年(1845)、武州川越藩家臣で、京都留守居役を勤めていた高岡九郎左衛門の三男として京都に生まれました。数え年11歳の時、青蓮院宮侍臣並河靖全の養嗣子となり、家業を受け継いで青蓮宮入道尊融法親王(後の久邇宮朝彦親王)近侍となりました。
明治維新ののち、当時盛んとなっていた尾張七宝に倣い七宝業に着手しました。明治6年(1873)に最初の七宝を完成させ、以降、並河七宝の工場と店を構えて七宝業を展開しました。
並河七宝から感じられる典雅な趣は、青蓮院門跡へ仕える傍らで靖之が身につけ、そして久邇宮家にゆかりある美的感覚の現れといえます。また、同時代をともに担った画家や工芸家や文人、華族方といった人々との幅広い親交も見逃せません。
こうした環境の中で培われた靖之の作品は、国内外で多くの受賞を重ね、明治29年(1896)には帝室技芸員に任命されました。
刊行物のご紹介
『並河靖之七宝記念館館蔵品図録 七宝』
全作品を収録した館蔵品図録
並河靖之が自ら創り、生涯手離なさなかった珠玉の七宝が当館の館蔵品です。 靖之が愛した七宝をご覧いただける一冊です。2,000円(税込)
『並河靖之七宝記念館図録 七宝の美空間 庭園と建物』
庭園と建物をまとめた図録
並河靖之が構えた暮らしの場、七宝製作の場、そして、おもてなしの空間をご堪能ください。2,000円(税込)